お釈迦さまは、身体は泡のようなものである、観察しなさいとおっしゃってます。身体は瞬
間瞬間、泡がはじけるような感じで変化していきます。実体として考
えて、身体を守ろうと考えるが、身体は常に変化し泡のように消えていくものであってつかめるものではないのです。陽炎(かげろう)のようであると認識する
べきです。人は「私の」という言葉をよく使いますが、それは概念でしかない、ただの現象なのです。常に自分に気づくヴィパッサナー実践によって、私、私の
もの、という概念がただの幻覚であることを体験できると思います。その人には死に追いつめられた苦しみの生き方を乗り越えることが出来ます。
巻頭法話(15)「身体と幻」1996年5
月
「わたしには、子が存在する。わたしには、財
が存在する」と、愚者は〔所有の思いに〕打ちのめされる。まさに、自己は、自己のものとして存在しない(思いのままにならない存在である)。どうして、子
が〔自己のものとして存在するであろう〕。どうして、財が〔自己のものとして存在するであろう〕。
ダンマパダ 62