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私のもの  


たとえば、どこかの男の人が誰かと浮気をしたという話を聞いても、それは世の中にはよくあることだと冷静に言えますよね。ところが、実はあなたのダンナも 浮気をしているんだよ、こういう証拠もあるんだよと言われたらどうですか。そのときは爆発してしまうんですね。そのときは苦しみを感じるのです。それは やっぱりそこに欲望があるからなのです。私の子供、私のお金、私の会社、私のダンナ、私の、私のというのだけれど、それは原子爆弾をカバンに入れて運ぶの と同じようなものです。いつ爆発してひどい目に遭うかもしれないのですから。

仏教講義、苦集滅道4(No41)

「私たちは親子の関係ですよ」「夫婦の関係ですよ」というのがなくて、「私の子」「私の妻」。そうではなく私たちは夫婦の関係です。私は私、妻は妻であっ て、全く自由な存在なのだ。だからお互いに助け合うのであって、お互いの自由を奪うのではないのです。「私たちは夫婦の関係」「私たちは教師と生徒の関 係」…そのような気持ちになれば、その問題は解決するのです。

講義59

お釈迦さまは、身体は泡のようなものである、観察しなさいとおっしゃってます。身体は瞬 間瞬間、泡がはじけるような感じで変化していきます。実体として考 えて、身体を守ろうと考えるが、身体は常に変化し泡のように消えていくものであってつかめるものではないのです。陽炎(かげろう)のようであると認識する べきです。人は「私の」という言葉をよく使いますが、それは概念でしかない、ただの現象なのです。常に自分に気づくヴィパッサナー実践によって、私、私の もの、という概念がただの幻覚であることを体験できると思います。その人には死に追いつめられた苦しみの生き方を乗り越えることが出来ます。

巻頭法話(15)「身体と幻」1996年5 月


「わたしには、子が存在する。わたしには、財 が存在する」と、愚者は〔所有の思いに〕打ちのめされる。まさに、自己は、自己のものとして存在しない(思いのままにならない存在である)。どうして、子 が〔自己のものとして存在するであろう〕。どうして、財が〔自己のものとして存在するであろう〕。

ダンマパダ 62